中国語と日本人

 漢字の意味を理解できない欧米人は、中国語を学習する際、漢字ではなく、見慣れたアルファベットで構成されたピンインを覚えようとする人が多いそうです。

『文章にある漢字をいきなり中国語の発音で読めるわけではないが、ほとんどの教科書には、日本語のふりがなにあたるローマ字式中国語発音表記(これを「ピンイン」という)がついている。』(近くて遠い中国語P30 阿辻哲次著 中公新書)

 欧米人にとっての漢字は、日本人にとってのハングル文字、アラビア文字などに相当すると思うので、見慣れたアルファベットの方に向かってしまう気持ちが分かるような気がします。
 ピンインという発音記号を覚えれば発音ができるので、各単語のピンインを暗記すれば会話はできるようにはなります。
 しかし、中国の新聞、小説などには、中国語の教科書とは違いピンインは付されていません。

『中国語で書かれた新聞や雑誌には、ふりがなにあたるピンインなどはもちろんついていない。だからそれをある程度自由に読むためには、文章に使われている漢字の発音をすべて覚えていなければならないのだが、それはそう簡単なことではない。』(近くて遠い中国語P34 阿辻哲次著 中公新書)

 中国語学習歴1~2年くらいの欧米人は、中国語の会話はある程度上手ですが、ピンインなしの中国語の発音(スピーキング)、読解(リーディング)が苦手な人が多いです。
 この読解(リーディング)に関して、欧米人は、中国語の学習の開始時に、「漢字を学ぶこと」からスタートします。具体的には、「池」の偏である「さんずいへん」の意味は何か?からスタートします。欧米人には「漢字の壁」が大きく立ちはだかります。

 一方、日本人はどうでしょうか?

 日本語に漢字が出てきますので、日本人は、漢字になじみがあります。日本語の漢字と中国語の漢字は、一字毎の意味はほとんど同じなので、「漢字の壁」はありません。

 しかし、日本語には漢字と漢字の間に平仮名がありますが、中国語には平仮名がなく、漢字だけが隙間なく並んでいます。
 このため、漢字だらけの中国語を見たとき、文字ではなく、模様のように見えてしまう方もいると考えられます。

 そうは言っても、例えば、「ハングル文字」、「アラビア文字」、「漢字だらけの中国語」の3つを見せられた場合、漢字になじみのある日本人であれば、「中国語を見てみようか」という気になると思います。

 中国語の文法については、どうなのでしょうか。
 日本在住10年、飲み会のとき「飲みニケーション」とつぶやいた、奥さんが中国人であるフランス人のレミさんは、「中国語の文法は、日本語よりすごくカンタ~ン」と言っています。

『文法的な事項には、理解に苦労するような、噛みごたえのある項目がほとんど出てこない。
 フランス語やドイツ語では動詞の変化をいやというほど覚えなければいけないが、中国語では代名詞や動詞がいっさい変化しない。活用というものが中国語にはまったくないのだ。』(近くて遠い中国語P30 阿辻哲次著 中公新書)

 漢字の意味を既に理解しており、文法も難しくないので、日本人にとって中国語は大変学び易い語学であると言えます。

 『すぐ近くにある国で昔もいまも使われていて、しかも日本語と同じように漢字を使って書かれる中国語が、実は私たちにとってもっとも学びやすい外国語であることを再認識していただこうという意図をもって書かれたものである。「近くて遠い」のは男女の仲だけではないのだ。』(近くて遠い中国語 「はじめに」 阿辻哲次著 中公新書)

 そうすると、日本人は中国語を比較的簡単にマスターできそうに感じてきませんか?

 でも、実は、そうとも言えないところがあります。

 日本人にとっての最大の難関は、発音です。

 日本語では、しゃべる際に舌の先端が常に下の歯の上端よりも下側にあると思います。
 一方、中国語では、巻き舌にする場合がよくあります。
 日本人は、この巻き舌にするための筋肉が鍛えられていません。
 中国に留学した日本人の場合、留学後半年後くらいに、この巻き舌の発音がやっと少しできるようになります。
 ちなみに、英語圏の人たちは、英語に巻き舌に近い発音があるので、発音をあまり苦にしていないようです。
 日本人が中国語を学習した後、英語の発音も良くなったという話はよく聞きます。巻き舌をつくるための筋肉が鍛えられたからでしょう。

 発音ができないということは、聞き取ることも難しくなります。
 日本語の発音で使用される音の周波数の範囲と中国語の周波数の範囲に非重複部分があり、日本人の聴力には、その非重複部分の音を聞き取るハードウェア的な条件が整っていないのではないかと思います。
 日本語と中国語では周波数のレンジが一部で異なり、その異なる部分について日本人は最初聞き取れないのだと思います。

 日本人にとって、中国語の発音や聞き取りは、確かに大きな関門です。

 しかし、中国知財に関わる場合には、発音や聞き取りは重要ではありません。
 基本的に書面主義なので、書面の中国語を読解(リーディング)できるか否かが重要だからです。

 なお、正確に発音ができることは重要ではありませんが、発音記号であるピンインを知っていることは重要です。
 ピンインは、技術用語などを調べるために辞書を引いたり、パソコンで中国語を入力したりする際に使用するからです。
 このピンインは、電子辞書に漢字を手書き入力して調べることができるので、ピンインが分からないという状況は生じません(調べるのに少し時間がかかってしまいますが)。

 以上から、日本人には、他の外国人と比べて発音、聞き取りに不利な面がありますが、読解力(リーディングの力)の向上という面から見ると、他の言語や他の外国人と比べて中国語の読解力を相当速く高めることができると考えられます。

『こうしていつの間にか「中国語は簡単な言語だ。発音が上手になって、自由に会話できるようになるためにはもちろんかなりの訓練が必要だけれど、一般的な文章を読むというレベルなら、たいした苦労などしないで済む」という甘い認識ができあがる。』(近くて遠い中国語P31 阿辻哲次著 中公新書)

 これは、ある日本人のHSK(漢語水平考試)の成績表です。

       

 左下には、「HSK 分 数」という表があり、“听力”、“语法”、“阅读”、“综合”、“总分”の各々の点数が記載されています。

        “听力”は、「聞き取り」のことです。
        “语法”は、「文法」のことです。
        “阅读”は、「読解」(リーディング)のことです。
        “综合”は、「総合」のことです。
        “总分”は、「合計点数」のことです。

 “阅读”(読解)は、100点満点中、98点であり、他の項目と比べて圧倒的に点数が高いことがわかります。
 すなわち、日本人には、「聞き取り」、「文法」などと比べて、相対的に、「読解」(リーディング)が得意であるという強みがあることがわかります。

 日本人の方々に、中国語の読解力(リーディングの力)を、技術系の中国語(理系の中国語)に関して苦労することなく実務レベルまで向上していただくために、『技術系の中国語学習書』(中国語特許明細書を読む。書く。があります。

 日本人の強みを、是非、活かしてください。