銀 龍 物 語 Epi.05 手紙

機械部
弁理士 杜嘉璐








 今年の2月末に、私は、北京の南5環路から北5環路に引越しをしました。荷物を整理している際に、ダンボールの中に何通かの手紙が入っているのを見つけました。手紙は何年も書いたことがないはずだけど、この手紙はいつのときのものだろうか?と思いながら手紙を手に取りました。手紙を開いた瞬間、そのときの感情が胸にこみ上げてきました。それは、飯村女史から私宛の手紙でした。

 2007年の末、大学を卒業して間もない私は、日本のある技術派遣の会社からの招聘を受けてソフトウェア技術者として日本で仕事を始めました。私と一緒に招聘された8名の女性技術者は、神奈川県の鶴見にある宿舎に一緒に住んでいましたが、飯村女史はその宿舎の管理人を任されていました。

 日本に到着した日のことですが、成田空港から出てバスに乗っている間、日本での生活ではどのような問題に遭遇してしまうのだろうか、私はそのような問題に出会ったらどうしたらよいのか、というような漠然とした不安な気持ちで窓の外をずっと眺めていました。バスを降り、2つの大きなキャリーバックを引いて小山の上にある鶴見宿舎に向かって息を切らせながら坂を上っていきました。宿舎の門のそばで満面の笑みを浮かべて私たちを出迎えてくれた飯村女史の姿を見たとき、私の心の中のすべてを占めていた不安がその一瞬で消えていました。

 宿舎に到着した後、飯村女史は、宿舎の各設備の使用方法、ゴミの分別方法、共用キッチンと食堂の使用規則を私たちに詳しく丁寧に説明してくれました。説明をしてくれている飯村女史を見て、日本の主婦はみなこのような方々であり、やさしく、きめ細かく、親切であり、日本でのこれからの日々はきっと明るいものになるだろうと感じました。

 週末、飯村女史は、共用キッチンで焼きそば、味噌汁、肉じゃが、鯖の味噌煮などの日本料理の作り方を私たちに教えてくれました。料理ができた後、食堂でみんなと一緒に食事をし、たくさんの世間話をしました。飯村女史には、奇妙な質問をたくさんしていた気がするのですが、飯村女史はいやな顔ひとつすることなく親切に回答をしてくれました。

 大晦日には、宿舎でにぎやかな食事会を行い、飯村女史は、自分のアクセサリーを新年の贈り物として私たちに譲ってくれました。午前0時を過ぎ、飯村女史と私たちは、鶴見の總持寺に初詣に行き、行列に並び、ぎこちない日本語で新年への希望、未来への憧憬を語り合いました。翌日の早朝、飯村女史は元旦に食べる雑煮を作り、寝ている私たちを起こして食堂に呼びました。そのとき、私は、お母さんに起こされて家族みんなで朝食を食べたときのことを思い出しました。

 一ヵ月半後、私は福岡支店への配属が決まり、たった一人での福岡での生活がスタートしました。鶴見宿舎の友達がおらず、慣れ親しんだ飯村女史もおらず、あるときは孤独を感じ、鶴見宿舎での生活を思慕していました。

 ある日、鶴見宿舎の友人から電話があり、飯村女史が入院したとの知らせをもらいました。飯村女史はあれだけ元気だったのだから、そんなことはありえないという気持ちしかなく、そのときはその後のことを想像することはできませんでした。鶴見宿舎でお世話になった友達たちはお見舞いに行くことができたのですが、私は福岡にいるためお見舞いに行くことができず、電話でどのような話したらよいのかがわからないため、手紙を書いて自分の気持ちをお伝えすることにしました。

 数日後、思いがけず、郵便ポストの中に飯村女史からの返事の手紙が入っていました。その手紙は、私が贈ったお花への感謝と、「娘のような」あなたの福岡での順調な生活をお祈りしているとの内容でした。手紙の中の「娘のような」という文字を見たとき、涙があふれてきました。日本に到着したばかりの時期に、飯村女史は母親の暖かさを私たちに伝えてくれ、おかげで日本での最初の段階をスムーズに乗り越えることができ、飯村女史には感謝の気持ちしかなく、私たちは飯村女史のような方に出会うことができ幸福でした。

 5月の中旬、飯村女史が亡くなられたとの連絡を受けました。治癒の可能性が低いことを知ってはいたのですが、突然の連絡であり、そのとき、そのことを受け入れることができませんでした。横浜にもどり、お葬式に参列しました。飯村女史がお花の中で優しい顔で眠っているのを見て、涙が止まらず、天国では病気と無縁で楽い日々を過ごしてほしいと願いました。

 飯村女史からの何通かの手紙は、元にあったように折り返し、ダンボールの中に大切にしまい、この中にとっておこうとつぶやきました。いつの日か、再びそれらに出会ったとき、飯村女史と鶴見宿舎の友達たちとのあの頃のいろいろな出来事を思い出させてくれるだろう。

                   (銀龍物語Epi.05  おしまい)